白衣の天使も悩んでいます~医療・介護職のハラスメントの現状と課題~

病院で働くすべての職種に対して研修をしたり、管理者の育成や人事評価制度の構築、ハラスメントの外部顧問などもお引き受けしたりしているため、常に医療従事者と関わっているので色々な相談を受けます。近年はがぜんハラスメントに関するものが多くなりました。
直近では緩和ケア病棟で勤務中に医師から不当な扱いを受けPTSDとなり、3ヶ月休職していた看護師Aさんから「これはパワハラではないか」と相談を受けました。Aさんは復帰後すぐに、「休職中に迷惑をかけたのだから当然とばかりに、新設された「コロナ感染外来」に配属されました。Aさん自身は肺結核の既往があるため断ったのですが、それにも関わらず配属されました。また、24年来の看護師経験があるAさんに「休職していたから最近の患者情報がわからないだろう」ということで、一日中、入浴介助ばかりを担当させたともいうのです。
また、他の病院の看護師のBさんからは「うつ状態」の診断書を提出したのにも関わらず、人手不足を理由に「今のこんな状態で休職させられるわけないでしょう」と「うつ状態」のまま勤務を続けるように命じられたという相談もありました。
先日も大阪のとある介護施設で、PCR検査陽性で新型コロナウイルスに感染していることが分かっていたにも関わらず、その看護師を勤務させていたという報道がなされたばかりです。
新型コロナウイルスのまん延を防ぐため、外出の自粛や医療崩壊の危機が叫ばれている昨今ですが、そんな中でも医療従事者は休む訳にはいきません。
慢性的な人手不足の上に急遽浮上した「新型コロナ」により医療現場は以前にもまして「パワハラ天国」と化しています。私が経験上相談を受けた内容を前提に、医療現場で働くもの同士(労働者間)のハラスメントの実情と患者や家族、利用者といったカスタマーによるハラスメント事情と教育の現状と対策に関して私が思うことをお伝えしたいと思います。

医療者間で起こるハラスメント

ハラスメントの定義をおさらいすると、「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務に適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」のことでした。そしてハラスメントの行為から6つの類型にわけることができました。

医療の世界ではまだ存在「身体的な攻撃」

かつて私は手術室(オペ室)で看護師をしていまいた。当時はモタモタ介助をしていると術者から手術機械が私の体をめがけてとんでくることも多々ありました。さすがに25年たった今はこんなことは減りました。しかし、オペ室の密室の空間です。残念ながら「0」にはなっていません。先日も、手術室で看護師をしている私の教え子のCから、今でも、医師から腕をつかまれたり、医師が患者の身体を小突いたりする場面があり困ると相談を受けたばかりです。その病院にももちろん「ハラスメント相談窓口」があります。Cは相談窓口に行きましたが、窓口の担当者は病院の看護局長と副局長で、「あなたのそういう態度が先生(医師)を怒らせているのよ」と逆に注意を受けたと言います。よくある「いじめられる方にも問題がある」発言です。さらに次の日には、ハラスメント窓口に相談にいったことを他の職員が知っていたともいいます。これはハラスメントに相談に行ったことで、次の日、「セカンドハラスメント」も受けたということになります。

記憶に新しい「セクハラ」事件と「セカンドハラスメント」

数年前、千葉県の災害医療の総本山といわれる病院で、医師が当直室に看護師を呼びつけ「他言したらこの病院で働けなくしてやる」という脅しと共に何年にもわたって性行為を強要し、強制性交罪で書類送検された事件が起こりました。このときも半年前から院長、副院長、看護部長、事務長に相談していたにも関わらず、組織は「個人間の問題」として取り扱わず、被害者本人が警察署に告訴状を提出するまで誰も動かなかったという事実が明るみに出ました。被害者である看護師がこの病院を退職するとき、加害者である医師が幹部職員の前で土下座したとも報道されています。これも本人の同意なくハラスメントの相談があったことを加害者に知らせたのであれば、セカンドハラスメントといえるでしょう。
これは氷山の一角で、こんなふうに病院のハラスメント窓口はまだまだ機能していないところが多いというのが私の実感です。

「自分が悪いのかもしれない」と、ハラスメントは隠蔽される

「自分の意見を否定され続けて、怖いと思って距離を置こうとすると、部長は仏様のようにやさしくなります。本当は優しい部長を自分の能力の低さだここまで怒らせてしまう。いっそこの病院に自分がいなくなることが一番役に立つ方法じゃないかと思って・・・」先日、看護師のDさんから相談を受けた内容です。同じような相談は後をたちません。
逃げられない関係の中で、人は相手にたやすく洗脳されます。逃げられない関係とは、親や先生、恋人や親友といった簡単には否定したり関係性を切ったりできない相手のことです。私の母は感情の起伏が激しく、あきらかに不機嫌だということがよくありました。眉間にしわがよっていて、部屋の扉をわざとバタンと閉めたり、飼っている犬を大声で怒鳴ったりするので「怒っている?」と聞くと、「怒ってなんかない」と言うのです。怒らせたのならば謝ったり解決に向けて動いたりできますが、母は「怒っていない」のでこちらは混乱します。「怒っているみたいなのに怒っていない」こんなふうに相手の言語と非言語が矛盾しているとき、なんとか矛盾を解決しようと「自分が何か気に障ることをしたのではないか」と人は「自分を責める」ようになります。幼い子どもなら「自分が悪い子だからお母さんを怒らせたんだ」と思い、少しでもお母さんの機嫌がよくなるように自ら相手の望むことをしようとするようになります。こうして人は次第に相手の言いなりになっていきます。

相談してもしなくても叱られる「否定的ダブルバインド」で「マインドコントロール」されてしまう

「わからないことがあったら自分で判断しないで何でも相談しなさいね」と言ってくれた上司の言うとおりに相談にいくと「そんなことまで相談するの?」と否定されたとします。それからは簡単なことは相談してはいけないと反省し、できるだけ自分で判断していると今度は「なぜ、相談せずに何でも決めるの!」と怒鳴られ・・・。相談してもしなくても怒られ、関係から逃げ出すこともできない。こんなふうにどっちを選んでも不正解で逃げ場もない状況を「否定的ダブルバインド」と呼びます。本当は相手が矛盾しているのですが、人の心は矛盾が苦手です。逃げられない関係性で相手から矛盾した命令をされると、人は自分を変えたり責めたりすることで「矛盾ではない」と思い込もうとします。矛盾した相手を変えるのは難しいので、自分を変えたり責めたりすることで矛盾を解決しようとするのです。「自分の判断能力は低いから叱られる」と自分を責めていれば、相手の矛盾を見なくて済むからそうなるのです。これをくり返していると、自分は悪くないのにどんどん自分への自信は失われます。そして矛盾した相手に対しての試行が停止し、無批判に矛盾した相手の言うことに従うようになります。こうやって人は大切な人によって洗脳されます。すぐにたち切れる関係では洗脳は起こりません。大切な人だからこそ無意識にマインドコントロールされてしまうのです。
「自分を全否定するのに、時に優しい師長」・・・・これは感情の起伏が激しいか、大人だというのに態度に一貫性がない幼稚な人なのですが、こういった否定的ダブルバインドな状況に長くさらされてると心身が病んでしまうことが多々あります。体調を崩して出勤できなくなれば、一時的にダブルバインドから解放されますし、いっそのこと心が病んでしまえば相手の矛盾にはずっと気がつかないでいられるからです。病んでしまわないように、こうした人にマインドコントロールされないためには、まずは「相手の矛盾をしっかりと認識する知識を持つ」こと、そして「相手の気分や表情に操作されない」という決意を持つことが大切なのですが、マインドコントロールされ続けた当事者はこうした力が残っていないことがほとんどです。ハラスメントが起こっていることにも気がつかない「自分が悪いから」と個人化してしまう。こうしてハラスメントはまん延してその組織に風土化していきます。
こうした環境をいち早く変えていくためには、研修等で知識の普及をすること、トップのハラスメントを失くすという強いメッセージの発信、組織のハラスメント予防のルール作りと啓発活動が必要です。前述した例でもあるように相談窓口が内部の幹部によるものは、セカンドハラスメントの温床になっているのが現状ですので、外部委託するのがよいと思います。また、これらハラスメントの対策として、私の支援している病院では人事評価制度に「ハラスメントとなる言動をとっていない」という評価項目を入れたり「目標管理面談を動画で撮影」したりとハラスメントを予防する取り組みを「しくみ化」しています。その後の職員満足度調査でもハラスメントが起こらない「しくみ」を作ることが大切です。

病棟業務ができない師長の異動に伴う「部下から上司へのハラスメント」

医療現場のハラスメントもやはり、職場の上司・部下の関係性において発生することが多いのですが、医療現場の特殊性から部下から上司へのパワハでラも負けず劣らずと起こっています。ここでは、看護師の現場で多い部下から上司へのパワハラでよくあるケースを紹介します。
看護師長経験8年目のベテラン師長が「整形外科病棟」から「緩和ケア」病棟に異動になったとします。整形外科病棟の業務と緩和ケア病棟の看護業務はかなり違います。求められる能力や資質、資格も異なるので、師長が長いだけではすぐに動くことはできません。当然、緩和ケア病棟スタッフに教わらないと実務ができない部分が出てきます。師長が「○○さん、これってどうしたらいいの?」と質問したとき、緩和ケア病棟の部下が「ベテランの師長に私達が教えられることなんて何もないですよ」なんてことが起こります。
この場合、病棟に「長くて実務をこなしている」スタッフの方が「職場内の優位性」が高いと言えるので、これは部下から上司への「業務を教えない」というハラスメントになります。また、こうした対応は師長としての役割を阻害しますので、ハラスメント行為類型の「過小な要求」にもあたるでしょう。
また、看護師の世界は専門性に特化した資格が様々あり、一つの部署の経験が5年あればその部署に特化した認定看護師という資格に挑戦できます。しかし、認定を取得するには8ヶ月程度の研修に出る必要があるので、異動してきた師長はすぐには挑戦できません。緩和ケア病棟では「緩和ケア認定」を持った看護師の方が、ついこの前異動してきたという師長よりも実務能力も実践能力も高いためパワーをもっており「職場内の優位性」が高い状態にあります。この認定看護師が業務のことを知らない師長のことを尊敬できずに関わっていると無意識にハラスメント的な対応をしてしまうこともあります。特にこの認定看護師が病棟に多いと派閥のようなものができ「病棟会に師長だけを誘わない」「師長だけをSNSグループに入れない」などが起こったりして、行為類型3に「人間関係の切り離し型のパワハラ」につながったりもします。慢性的な人手不足で激務の看護師の現場では、師長といえども実務をこなすことも求められます。現場では自部署の看護の実務能力が低いのに立場だけは上という人を尊敬できない傾向にあるため、パワハラにつながることが少なからずあるのです。
私も元看護師だったので、忙しいときに実務を手伝ってくれない管理職を尊敬できないという現場スタッフの気持ちがよくわかります。異動をさせる側が看護師の病棟業務内容についてしっかりと把握し、無理な部署異動をさせず、ハラスメントを予防するのだという強み意識をもつことがこれらの対策となるでしょう。診療内科の医師に脳外科の手術は依頼しません。専門分化している医療の世界において、看護師だけはオールマイティにどんな科にも異動させるということが「すでに時代にあっていない」私はそう思っています。
そして、教育の現状はどうなっているかというとこちらもまだまだ時代に追いついていません。私はハラスメント予防の研修もやっていますが、研修後のアンケートで「部下から上司へもハラスメントは起こりうる」ということを知らなかったという人は85%もいました。まずは研修や掲示物などでハラスメント予防の啓発を積極的にやっていく必要性を痛感しています。

医療現場ではまだまだ日常的な「マタニティ・ハラスメント」~妊娠を報告すると師長から「こんなに人がいないのにまさか生むつもりじゃないよね?」

「『ごめん、今、正直な気持ち、おめでとうなんて言えないから』と主任から言われて傷ついた」耳を疑ってしまうこんな言葉は、ある病院でハラスメントに関してのアンケートをとったときの答えです。いったんは出産、育児を経験したことのある上司で、そして人の命を預かる看護師であるある先輩からの言葉だと思うとなおさら失望してしまいます。この件に関してはハラスメント啓発活動はもとより、根本原因である病院の慢性的な人員不足を組織的に解決するのが急務でしょう。

エスカレートする「患者、家族、利用者からのカスタマー・ハラスメント」~これまでは医療者の使命感で支えてきたけれど~

新型コロナウイルス対策や3密を避けるよういわれても「訪問看護」や「訪問介護」は、訪問をしないわけにはいきません。この訪問看護、介護の現場のカスタマーハラスメント問題もまた深刻です。
「訪問看護師が受ける利用者・家族からの暴力・ハラスメント実態調査」によると、「なんらかの暴力・ハラスメントを経験したことがある」と回答した訪問看護師は約76%に上り、身体的暴力が約29%、利用者からの精神的暴力は約53%、利用者からのセクハラは約56%、家族から身体的暴力は約4%、家族からの精神的暴力は約19%、家族からのセクハラは約10%でした。
患者や利用者、家族といった「カスタマー・ハラスメント」に関しても2020年の春には国から指針が出るといわれています。これまで「患者だから仕方ない」や「自分自身の認知症患者に対しての理解と対応が不十分なんだ」と現場は医療者の使命感で支えられてきましたが、こうしたケースには看護師や介護士の2名体制での訪問をしたり、診療報酬上で2名訪問を評価したりなどの制度上の改善が必要です。医療者個人の工夫や訪問事業社だけの取組みでは改善無理でしょう。また、この調査では「暴力・ハラスメントを受けた際に、上司に報告した」のは63%という残念な結果も出していました。部下の半数以上が「上司に相談しても解決してもらえない」と思っているわけです。部下の上司に対する信頼度が低いことを真摯に受け止め改善をしていかなければいけません。事業者は利益重視の経営に陥らず、毅然として職員を守る組織的な体制を整備すること、認知症等の疾患をもっていたとしても、医療者へ「暴力・ハラスメントは許されないのだ」といった国民の意識改革も重要でしょう。
これらの重要課題を医療者個人、訪問事業社が解決することは不可能です。「ほぼ在宅、ときどき入院」という地域医療構想の実現を図るには、国民一人ひとりが自分事として考え、医療者個人も組織も、そして国も本気になって動かなければいけません。新型コロナウイルス騒動で自分ひとりの行動が他の人々に大きな影響を及ぼすということが身に染みている今だからこそ、すべての機関がそして人々が一致団結し、この難局を乗り越えていくことができるのではないかと思います。

以上医療現場におけるハラスメントの現状と課題について私の考えをお伝えしました。何かしらのご参考になれば幸いです。

 

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