医療者にとって本当に必要な『コーチング』人の限界突破を促す「3つの魔法の質問」

葛藤の場面で役立つ
質問の仕方と話の聴き方とは

「安静にしないといけないのに、安静にしない」「低栄養でもっと食べなくてはいけないのに、食べない」「リハビリをがんばらなくてはいけないのに、何かと休む」など、臨床ではこのような患者さんに遭遇することが多々あります。

もっと必要性を理解してもらえばいいのかと、患者指導に力を入れても一向に変化なし。こんなとき、患者さん想いの熱い医療者ほど無力感を抱いてしまうものです。

でも、じつはこれ、コーチングのテクニックで突破できたりするんです。今回は、「~しなければいけないのに、~できない」や「~したくないのに、~してしまう」という葛藤の場面で役立つ質問の仕方と話の聴き方をご紹介します。

自分自身の葛藤(「禁煙したいのに、禁煙できない」や「片づけたいのに、片づけられない」など)の統合にもぜひ活用してくださいね。

魔法の質問1
「止めているものは何ですか?」

この質問のスキルは、私の会社で資格認定しているコーチ育成のカリキュラムのなかでも最も難しいものです。でも、受講生が「魔法の質問」と称するこの聞き方は、1つのパターンでもあるので、皆さんもぜひ覚えて活用してみてください。

では、さっそく「禁煙しなければいけないのに、禁煙できない」という場面で考えてみることにしましょう。「禁煙しなければいけないのに、禁煙できない」というのは、頭の中では「禁煙しなくちゃ」と考えているのに、実際には「禁煙する」という行動をとっていない、そういうときです。

「考え」と「行動」が一致していない、「不一致」状態を指します。そして、人はこの不一致の状態を心地よく感じないようにできています。むしろ、考えと行動に一貫性がない自分のことを「自分ってダメだなぁ」と蔑さげすみ、自信を失っているような状態です。

コーチングではこれを「リソース」のない状態と言います(逆に自信に満ちているようなよい状態は「リソースフル」と呼びます)。

また、喫煙する医療者は立場的に患者さんに禁煙を勧めることも多いので、「患者さんにはやめたほうがいいですよって言っているクセに自分は……」と、さらに自己嫌悪に陥っている人が多いです。

たばこを吸っている方々は「やっぱり体のことを考えるとやめようかな」と、何度か禁煙にチャレンジして失敗していることもあり、さらにさらに自信を失っていたりします。

かくいう私も看護師のころはかなりのヘビースモーカーで、何度も禁煙失敗を繰り返していたので、その気持ちが痛いほどわかります。逆に「やめたいって思ってないですから!」と開き直っている人もいます(笑)。「禁煙しなければならないのに、禁煙できない」方への質問と話の聞き方を図1で考えてみます。

相手のリソースのない状態を受け止めながら、やさしく「禁煙を止めているものは何ですか?」と質問すると、「ずっとイライラして、家族やまわりに八つ当たりしてしまう」「仕事に集中できなくなる」「口さびしくて太る」というような答えが返ってきます。これらが禁煙することを止めている〈考え〉です。

魔法の質問2
「得られていることは何でしょうか?」

次に、「その考えをもっていて得られていることは何でしょうか?」とじっくりと質問していくと、最終的に「家族やまわりの人を大切にしてきた」〈調和〉〈家族〉「仕事を一生懸命やってきた」〈仕事〉〈努力〉ということに行き着きます。

これは、その人が人生において大切にしていたいもの〈価値観〉です。体のことを考えると、やっぱり禁煙したほうがいいのかな〈健康〉と思う反面、家族やまわりの人に当たり散らして調和を乱したり、大切にしている仕事に支障が出たりするかもしれないという考えがバッティングしているので、今のところ禁煙に成功せず、葛藤しているわけです。

人は自分の考えで行動するものなので、こうしたときにガミガミ言われると逆効果になりがちです。ともすれば、「禁煙したほうがいい!? そんなことは百も承知だ、わかってる!」となることもあります(笑)。

相手の価値観を尊重し
肯定しながら統合する

患者指導の場面も同じです。「安静にしないといけないのもわかっている」「食べなくてはいけないのもわかっている」「リハビリをやらなくてはいけないのもわかっている」。

でも、止めているもの=〈考え〉があり、価値観がバッティングしているのでうまくいっていないわけなんですね。そして、本人もなぜそうなるのかがわからず、自信を失っていたりするので、あまりガミガミ言うと防衛反応から怒鳴ってしまう、ということが起こります。

相手のなかで対立している〈考え〉は「どちらも大事な価値観ですね」と統合して、相手の気分をよい状態に保ちながら(リソースを復活させながら)進むとうまくいきます。ここが肝です。

以前、脳梗塞で入院し、再梗塞予防のために安静を守らなくてはいけない患者さんが、看護師にサポートを求めず、自分で動いてしまい安静が守れなかったという例をご紹介しました(信頼を得る話し方・聞き方テクニック「ペーシング」ご参照ください)。

威厳のあるこの患者さんが看護師にサポートを求めることを止めていたものは、「自分のことは自分ですべき」「他人に迷惑をかけるべきじゃない」という〈考え〉でした。一見常識的でよい考えでも時と場合、そしてめざすゴールによっては「行動を止めるもの」になってしまいます。

止めているものは何ですか?」という質問のパターンをぜひ、体得して現場で活かしてほしいと思います。

その人を幸せにしている
肯定的意図を引き出す

たばこを吸う人に「たばこを吸って得られてきたことは何ですか?」と聞くと、たいていは「得られていることなんかあるわけないですよ! お金はかかるし、がんのリスクは高まるし、いいことなんて何1つない!」と返ってきます。

第一反応はこんなふうに表向きの答えが返ってくるのですが、ここであきらめずに言い方を変えて「うーん、百歩譲って得することがあるとしたら何でしょうかねぇ」とか、「仮にいいことがあるとすれば、何でしょうかねぇ」などと聞いて待っていると「得することねぇ……。うーん。しいて言えばヤニパワーかな。あ、たばこ部屋の人間関係は好きでホッとするとか、最新の情報がもらえるとか、たばこにお金かかっているからがんばって働かないと、とか思うことくらいですかねぇ」などと答えが変わってきます。

そうです、ここ、ここなんです! 人間はムダなことはしないもので、よくない行動(たばこをやめられない)の根底には、じつはその人を幸せにしている肯定的なことがあるものなんです。コーチングではこれを肯定的意図と呼びます。

「得られていることは?」をずっと聞いていくと、最後は先ほど出てきた価値観のところに到達します。ヤニパワーは、集中力や「仕事をやるぞ!」という気持ちであったり、たばこ部屋の人間関係が好きでホッとするのは、調和や安心という価値観を満たします。

また、最新の情報が得られることや「一生懸命に働かないと」と思うのは仕事という価値観を満たします。つまりた
ばこを吸うことでこの人は、集中力、努力、仕事、調和、安心を得ているのです。だから、たばこを今のところ、やめていないわけです。

でもときおり、かわいい子どもの寝顔を見たりして「この子のためにも長生きしなきゃな」と「健康」という価値観が浮上してくると「やっぱ、たばこやめなきゃだよなぁ」となるわけです。健康も大事、でも仕事や調和や安心も大事なので、禁煙が長続きしないという結果になったりします。相手を責めずに質問していくと、信頼関係も構築しながら肯定的な意図を引き出すことができるようになります。

この質問は医療者にとっては耳慣れないと思いますが、日常でサラッと質問ができるようになると患者さんとの信頼関係が深まるばかりか、どんどん患者さんの行動変容を促すことができるようになり、皆さんは患者さんのコーチになれます。まさに、魔法の質問なのです。

私が看護学生だったころ、受け持ち患者さんの食が進まないので「食欲ないですね、心配です」と声をかけると、「病院のご飯を全部食べると、看護師さんがあまり来てくれなくなるから半分残しているんだ」と教えてくれました。

その人は1人暮らしで「病気がよくなると、病院にいられなくなるから嫌だな」とも言っていました。学生のときは理解に苦しみましたが、今ならわかる気がします。

「食べなきゃいけないのに食べない人」は食べないでいると、看護師や管理栄養士がそれこそ熱心にかかわってくれて、自己肯定感が増すのかもしれません。一見よくないと見える行動で「この患者さんは何を得ているのか」と深層心理を見抜くことにも役立ちます

ぜひ、問題行動のある患者さんにかかわるときなどにこの質問の仕方を思い出してくださいね。

魔法の質問3
成功体験を引き出し、膨らます

私が資格認定しているコーチングは、人の気分を大切にして進みます。心の状態をよいものにして感情を味方につけていくからこそ、コーチングで人は大きなゴールを達成していけるのです。

特に「~しなければならないのに、~できない」という葛藤状態にあるとき、人は気持ちが落ち込んでいることがほとんどです。なので、リソースを復活させる必要があります。

イライラしているときや自信を失っているときに未来のことを考えても、あまりいいイメージはわかないですよね。なので、相手が元気でないときには「少しの期間でもたばこをやめられた成功体験」を引き出し、饒舌に話してもらうことで相手の気分をよくしていくことが大事です。

「1年もやめてらしたんですね。まわりの方からの誘惑とかはどう回避されたんですか?」とか「よく食後の一服とか言いますが、食後はどう過ごしていらしたんですか?」というふうに根掘り葉掘り聞いて膨らませるのがコツです(この根掘り葉掘り聞くことをコーチングではメタモデルと呼びます)。

人は過去にうまくいったことを話しているとき、「ああ、1年もよく禁煙できたよなぁ。1度できたんだから、もう1回できるかもしれないよな」「1本吸ってしまってからヤケになって復活しただけで、今思えば、そんなに大変でもなかったかもしれない」なんて思いながら話します。

成功体験の回想は過去のリソースをたくさん持ち帰ってくることができるオススメの方法です。ここを丁寧に聞き取ると「何かもう1回、禁煙してみようかなぁ」を引き出すことができるのです。

そしてもう1つ大切なのは、「これまで1日でも数時間でもいいので、長時間たばこを吸わなかったときはありますか?」とクローズドクエスチョンで聞かないことです(「ある」「ない」で終わる質問がクローズドクエスチョンです)。

「これまで1日でも数時間でもいいので、長時間たばこを吸わなかったときのことを教えてもらえますか?」。この質問は「そういうときがあった」ということを前提にしているクローズドクエスチョンとはまったく違う、成功体験を引き出すことができる深いオープン質問でコーチングの必殺技なのです。

さて、人の限界を突破させる3つの魔法の質問をご紹介してきましたがいかがでしたか。コーチ認定をしている指導機関や団体はたくさんありますが、医療者向けでないものばかりです。医療者にとって本当に必要なコーチングは「~しなければいけないのに、~できない」や「~したくないのに、~してしまう」という葛藤を統合できることが重要です。だって人間ってとっても複雑だからです。

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