慇懃無礼(いんぎんぶれい)と「人としてのマナー」

マナーはしっかりとできているけど「結局は失礼な人」とは

マナーが身についていたとしても、人から疎ましく思われてしまう人の「あり方」について深く考えてみたいと思います。
慇懃無礼な人とは、「マナー(形)はしっかりとしているけど、結局は失礼な人」のことをいいます。
あいさつも丁寧で、お辞儀の角度もきちんとしていて、とっても丁寧な言葉遣いをするのに、「何だか感じが悪い人」っていますよね。私のまわりにはたくさんいます。
それらの人たちのことを「慇懃無礼」と言います。
辞書では「うわべは丁寧に見えて、そのじつ、尊大なさま」と表現されています。
その人たちが慇懃無礼という言葉を知っているかどうかはわかりませんが、私は歳を重ねたお姉さま方や妙に接遇を強化した(?)という人にこうしたことが多いように思います。

「形」だけのマナーで心が伴っていない=「慇懃無礼」

2020年4月号

丁寧な立ち居ふるまいや敬語をしっかり使っているのに、何だか非常に無礼な人。こういう人は「人としてのあり方」に問題があると、私は思っています。
現場ではこういう人は「丁寧に言えばいいってもんじゃない!」「謝っているくせに全然心がこもってないじゃないか」というたぐいのクレームをもらっていることが多いのです。また、上司を怒らせてしまい「ちゃんと悪いと思ってんの?」とか「その言い方、私をバカにしてるの?」などと注意されることもよくあります。つまりは言行不一致。「言っていること(丁寧)と思っていること(無礼)」が合っていないわけです。「クレーム予防の基本」(2020年4月号をご参照ください)の回で、「表現」と「表出」についてお伝えしましたが、マナーとは「形」を守ることで相手を不愉快にさせないためのものです。私たちの心は相手に見えません。だから目に見える「形」にすること(マナーという型を守ること)で相手に敬意を表しましょう。こうやって「マナー研修」たるものができ上がったのです。
マナーということがある程度一般的となって、今度はそれが本当に「形だけ」に留まり、心が伴っていない人が出てきて、逆に失礼な「慇懃無礼」な人が誕生したというわけです。ちょっと言葉遣いのところから考えてみましょう。敬語とはじつに便利なものです。

いかがでしょう。同じことを表現したのにBのほうは丁寧に聞こえて何だか好印象ですね。ある意味、ここが落とし穴になります。丁寧語を使えばかなり「キツイ」ことも言いやすく、きちんとしてそうなので、相手もなんだか文句のつけようがない。「だけど、何か感じ悪い」。そう、この感じです。こんな人いますよね。ややこしいので、こういう人と私は付き合いませんし、スタッフとしても採用はしません。

同じ病院で一緒に働く者として、相手を尊重するのもマナー

前出の「表現」と「表出」のところでお伝えしましたが、通常、私たちはキャビンアテンダントやホテルのフロント職員とかのバリバリのサービス業でもない限り、マナー(形)の訓練なんてしないわけです。なので、正式なお辞儀の角度や指し示しがなっていなかったりしますが、そうした無意識の部分をめちゃくちゃ意識的に訓練しているのがこうした職業の人たちなのです。
私はマナートレーナーの育成もしているので、トレーニングに伺うと病院の中に「私、○○先生の接遇訓練を受けているんです」なんて言って、それを前面に出す人がいます。でもそういう方は、総じて慇懃無礼な人が多いなと私は感じてきました(あくまで個人の見解です)。
私は数年前に、関東の巨大組織の本部で接遇委員会の取りまとめ役を請け負っていました。ある病院の接遇委員が「うちは師長らが接遇悪いから、各病棟に敬語のテストやらせて点数公表したんだよね。そしたら 5階病棟の師長は54点(赤点)だったんだよ! そんなんで部下の接遇がどうとか言えないよね」と笑って話してました。その人は介護福祉士さんでした。
私は「っていうか、同じ病院に勤めるスタッフに対してのあなたのその接遇はどうなの?」と思いました。その人に「そのやり方ってどうなんでしょうか?」と私が質問すると、何と「敬語のテストをやらせて、結果を公表しなさい」と、接遇研修を受けている○○先生が指示しているというのですから驚きです。
確かにその病院の師長さんの言葉遣いはよくないと本部でも有名でしたが、自分の部下の前で赤点をさらされるのってどうでしょうか。まずは失礼ですし、スタッフへの威厳も保てなくなるでしょう。今の時代、それはパワハラになりかねませんし、名誉毀損にもあたるかもしれません。その彼女(介護福祉士さん)の接遇と「あり方」には問題がありますし、そうした慇懃無礼な人を育てているその鬼の接遇の○○先生とやらの「あり方」がまずはよくない。私はそう思います。
でもその介護福祉士の彼女は、コテコテに敬語、指し示しなどのマナーはしっかりとしているんですよ。皆さんはどう思われますか。接遇がよいのに越したことはないでしょうが、われわれ医療者は医療や看護のプロで専門職です。敬語のテストが54点の師長さんも看護の場面では素晴らしいかもしれません。立場を尊重し、プライドを傷つけないように「敬語が学べる機会をつくる」のが同じ病院で一緒に働く者のマナーではないでしょうか。
私が接遇委員会の顧問をさせてもらっている病院では、新人が7時間の接遇研修を受講します。「新人がどんな内容を学んでいるか知っていただきたいので、師長さんもぜひご参加ください。そして、研修でやったことが現場でアウトプットできているか、教えてください」と師長さんにも参加してもらっています。新人よりも師長さんのほうが一生懸命に学んでくださいます。なぜだか皆さんはもうおわかりですね。
私が新人看護師だったころは、今のように研修などが充実していませんでした。就職したときに合同で入職式があり、そこでちょっとした講師らしき人がきて「患者さんへの接し方で気をつけること」程度の話を聞いて、オリエンテーションを受けたらもう実務。そんな時代でした。接遇研修なんてしっかりと受ける機会もなく、現場で見よう見まねで身につけました。こうした方が結構、多いのです。
そうした時代に活躍してくれた師長さんたちがあって、今の組織の安定経営につながり、そして教育をしっかり受けられるようになった。そんなふうに考えることもできますよね。「54点!」などと蔑むことは本当に失礼なことだと思います。

なぜ、スタッフに対して「接遇」をよくする必要があるのか

接遇というと、「顧客(患者さんやご家族)へのものだよね」というイメージがありますよね。スタッフに対しての当たりがキツイ人に気をつけるように言うと、「私は患者さんやご家族にはちゃんと対応していますから」と言い返してくる人がいます。
なぜ、病院で働くスタッフへの接遇が大事なのでしょうか。それはスタッフというのは「内部顧客」に当たるからです。皆さんも病院で勤務中に体調が悪くなれば、わざわざ別の病院に行かずに自分の勤務する病院で受診をすると思います。そういう意味ではわれわれも潜在的な顧客なわけです。こうした人たちは内部顧客と呼ばれます。顧客なのですから患者さん同様に大事にされる必要がありますね。だから一緒に働くスタッフに対しても、やさしい対応をする必要があります。スタッフがいい状態にあるからこそ、よい看護ができるのですから、チームワークよく働くことはわれわれのミッションでもあるのです。
患者さんに行う満足度調査のように、内部顧客に対しても定期的に従業員満足度を調査などして、働きやすい職場を目指す必要があります。患者満足度を調査してもスタッフ満足度は取らないという病院は多いですが、それではダメです。現実を受けとめ、1つずつ課題を解決しようという上司の采配が重要になってきます。

人としてのマナーが守れない人には去ってもらうことも必要

さまざまな改善をしても、依然としてスタッフに接遇よくできないという人には去ってもらうのも大事です。また、何を見聞きしても物事や人を悪くしか見ることができない可哀想な人もいます。仏教でいうところの「悪見」です。幼少期の愛着形成がうまくいかなかった人に多いこの「悪見」
朝から病院やスタッフの悪口を言う悪見の強い人にフィードバックをすると「自分の思ったことを言って何が悪いんですか」と逆ギレで返してきたりします。普段、「患者さんのために」とか大義名分をかざしているのに、目の前の人、1人をも大切にできないという
のは、思いっきり言行不一致です。
ではなぜ、病院や組織の悪口ばかりを言ってはいけないのでしょうか。それは、他のノーマルなスタッフの迷惑で、公共の福祉に反するからです。自分の病院や組織の人事評価制度の用紙を今一度、しっかりと見てみましょう。「協調性をもって働くこと」が義務づけられていることと思います。
今はまだ売り手市場でいられる看護師という立場ですが、今後、病床数が減らされてくれば転職も厳しくなっていきます。今のうちに「人の嫌がることをしない、言わない」と「人としてのマナー」をしっかりと身につける必要がありますね

TNサクセスコーチング Magazine

メルマガ登録する

【月刊】エキスパートナース2021年2月号「これからのナースに必要な力を伸ばす連載」より

関連記事一覧