人前で話すと“ドキドキしてしどろもどろ”になってしまう方へのコーチング ――「セルフコーチング」のおススメPart.1
ワンランクUPポイント
- 「自分を追い込む考え」を「別の考え」に置き換える手伝いが「コーチング」。
- 自分自身に言い聞かせている姿をイメージしてもらう「未来ペーシング」に導く。
今回はあらためて私が日々行っている「コーチングの事例」をご紹介しながら「コーチング」の可能性をお伝えしたいと思います。
目次
◇ドキドキしてしどろもどろになってしまう病棟師長Mさん
中規模病院の師長を務めるMさんは最近、スタッフの前で話すとき、緊張して「しどろもどろになってしまう」ことで悩み、コーチングを受けに来られました。
以前はそれほど緊張せずに話せていたのに、ある長期間にわたる研修に参加した直後から人前で話すと“ドキドキしてしどろもどろ”になってしまい、「人前で話すのが怖い」と思うようになったというのです。
「リーダーシップを発揮しないといけない立場なんだからしっかりしないと」と思えば思うほど焦って声が上ずってしまう。明日もカンファレンスで話さなきゃいけないのに正直、職場へ行きたくないとまで思ってしまう……と、こんな状態で苦しんでおられました。
そこで私が「ドキドキしているとき、頭の中でどんなことを考えていますか?」と質問すると、Mさんは、
「管理者はもっとスタッフをまとめる力がなくちゃいけないのに全然ダメだな、私」
「リーダーはもっと先見性がなくっちゃいけないのに……」
「もっと病棟を変えていかなきゃいけない立場なのに……」
と、こんな考えが頭の中をグルグル回っていると答えました。
結論からいうと、“自分を責める”これらの考えがMさんのドキドキやどもりを引き起こす原因です。「内的な会話」と呼ばれる、これらの「自分を追い込む考え」を「別の考え」に置き替えるお手伝いが私のやっている「コーチング」です。
『共育コーチング』では「認知のゆがみ」という概念を紹介しています。これは「ある体験により、自分自身の物事の見方がゆがんでしまった状態」で、先入観のことでもあるので「思考のワク」と言うこともあります。
この「認知のゆがみ」は
①完璧主義思考
②過度の一般化
③マイナス化思考
④心の読みすぎ
⑤先読みの誤り
⑥決めつけ
⑦“~べき”思考
⑧レッテル貼り
⑨個人化
の9つの思考法に分類されます。
Mさんが発した下線部の「~しなくちゃいけない」という考えは「⑦“~べき”思考」であり、「全然ダメ」というのは「②過度の一般化」(大げさに考えてしまうこと)に当たります。
結局、これら自分自身の「認知のゆがみ」がMさん自身を否定(攻撃)しているので、身体はMさんに危険(攻撃されている)を知らせる
↓
Mさんの身体は自分を守ろうと交感神経を刺激して戦闘態勢に入る
↓
交感神経が優位に立った結果、ドキドキしたり神経が過敏になったりする
↓
その過敏になっていることに対して「ドキドキして、私、おかしなこと言ってる。ダメだ、ダメだ、落ち着かなきゃ」と自分を否定してさらに緊張する……、
こんな悪循環を繰り返しているのです。
◇自分が自分の味方になる「別の考え」をインストールする
脳の「偏桃体」と呼ばれる部分は0.02秒という一瞬の速さで危険を察知し、私たちに「危険」という赤信号を脳と身体に送るといわれています。
生命維持をはかるため「敵=戦うor逃げる」を条件反射的に選択させる仕組みが偏桃体には備わっていて、「安全か、危険か」「敵か、味方か」「好きか、嫌いか」「〇か、×か」の信号を送り、身体はそれに備えるようにできています。
こう考えると、Mさんは今のところMさん自身が自分の敵となっていて自分の身体が反応しているわけです。そのため、自分へ過度のプレッシャーをかけることを止めればいいわけですが、なかなか簡単にはいきません。
いろいろなことを気にしてしまう人は「そんなの気にしなければいいのに」と言われると、今度は「こんなの気にしちゃいけない」ということを逆に「気にしてしまう」のです。
繊細で真面目な人ほど、そのことにとらわれてしまうからです。
Mさんにも「管理者はもっとスタッフをまとめる力がなくちゃいけないのに全然ダメだな、私……」「リーダーはもっと先見性がなくっちゃいけないのに……」「もっと病棟を変えていかなきゃいけない立場なのに……」なんて考えないほうがいいですよ、と言っても、きっとうまくいかないでしょう。
そこで「自分を味方する別の考え」を「考えてもらう」ようにして、徐々にMさん自身が自分の味方になれるようにしていきます。
そして、Mさんが緊張してきたときに「“こう考えると落ち着くかもしれない”という言葉」は、「自分なりでいいんだよ」というものでした。
Mさんに、人前で話すとき、呪文のように「自分なりでいいんだよ」と自分自身に言い聞かせている姿をイメージしてもらうと「はい。なんかできそうです」とのことでした。
これをコーチングでは「未来ペーシング」といいます。つまり、シミュレーションですね。
◇「緊張しているとき」「緊張していないとき」の五感の違いを整理する
Mさんに「これまで人前で話してもあんまり緊張しなかったときはありますか?」と尋ねると、長期の研修前にはそんなに緊張しなかったとおっしゃったので、私はそのときの感覚について質問しました。
Mさんは「人前で話してもそんなに緊張しなかったときは、次、これも言わなきゃと資料を見ながら(視覚)で、自分の声も聞こえるけど他のスタッフの“うんうん”と言っている声や雑音なんかも聞こえていて(聴覚)、身体の力がほどよく抜けている(体感覚)状態だった」と、振り返ってくれました。
この答えからわかるのは、Mさんが人前で緊張して話しているときというのは、話しているときにいろいろな人の目や顔や場所などが視覚に入ってきて、自分の鼓動(ドキドキ)や「緊張しちゃダメ」と自分を責める内的な会話だけが聞こえていて、身体に力が入っている状態ではないかいうことです。このことをMさんにフィードバックすると「確かにそうです!」と話されます。
そこで、次にスタッフの前で話すときを思い浮かべてもらい、五感をいい状態に調節できていそうかをシミュレーションしてもらうと「なんか、できそうです。ちょっと怖いけど、なんだか早く試してみたくなってきました」と、ニコニコされていました。
◇最初から「メンタルが強い」という人はごく少数
とても真面目で律儀なMさんは、コーチングのセッション中に「うまくしないといけない」という言葉を11回、「全然できていない」を5回も言いました。
また、「病院からお金を出してもらって長期研修に行かせてもらったんだから、成果を出さなきゃ」とも何度か言っていました。これは一見、とても常識的で模範的な「考え」ですが、Mさんに過度にプレッシャーを与える「考え」の1つでもありました。
私がMさんに「一緒に長期研修に参加した他病棟の師長さんはどのくらい(年月)で成果を上げられそうですか?」と聞くと、「他病棟の師長は優秀だから1年ですね。でも私はそこまで能力がないので3年はかかるかもしれません」と話されます。
そこで、Mさんが焦ってきたときに「私は3年かけて恩返ししますから」と唱える言葉(呪文?)も準備しました。そして、「自分なりでいいんだよ」と「私は3年かけて恩返ししますから」を紙に書き、写真を撮って携帯電話の待ち受け画面にして、コーチングを終えました。
次にMさんに会ったとき、スタッフの前で話すときに今回コーチングで準備したことをすべてやってみてどうだったかを報告してもらうと、「ちょっとドキドキしたけど、過度に緊張せず話せた」とのことでした。めでたし、めでたし!
五感が鋭く繊細で真面目な人ほど「気にしないようにする」ということは難しいものです。
何もせず、最初からメンタルが強いという人はごく少数です。
Mさんの場合は、自分を追い詰める考えが頭によぎったときに呪文のように「自分なりでいいんだよ」「私は3年かけて恩返ししますから」と唱えるという努力を重ねた結果、否定的な考えが浮かばなくなっていきました。
真面目で繊細なMさんのような方はぜひ、今回のやり方を「セルフコーチング」の参考になさってください。
次回でも、「セルフコーチング」のお話を続けます。