今、新人専任教員が直面している問題とは(前編)
※看護展望 2015-678 Vol.40 no.7掲載、ブログにするにあたりメヂカルフレンド社より許可を頂いております。
今回は私の看護学生時代の恩師であり、20年以上の教員経験をおもちである板橋中央看護専門学校の上坂千代美教務課長と「新人専任教員は学校教育現場に今、何を求めているのか」について考えていきます。近年の義務教育、看護基礎教育、臨床での教育を受けてきた世代の新人専任教員は、何に不安を感じ、何を先輩や学校に求めているのかを明らかにしていきたいと思います。
上坂千代美氏
看護専門学校卒業後、旭川医科大学附属病院6年、とかち病院2年の臨床を経て、板橋中央看護専門学校の看護教員として第2学科(2年課程)に入職。教員養成講座修了後、放送大学、東洋大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程を修了。平成24年第1学科(3年課程)に異動後、平成26年教務課長として看護基礎教育に携わっている。
目次
看護学生時代の恩師から学んだ『教師力』
まずは、私が先生からどのような影響を受けたことで成長することができたのかというお話をさせていただきたいと思います。
上坂先生、お久しぶりです!
奥山さんに聞きたいんですけど、私、そんなに影響を与えるようなことって何かしましたか。
奥山さんが学生のときは20年以上も前で、私はまだ新人でしたので、教員として何かをしていたということはなかったのでは……(笑)。
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◆自発的にものごとを考えることの素晴らしさ
早速ですが、上坂先生は私が実習で外国人の患者さんを受け持ったときのことって覚えていらっしゃいますか?
すいません。
その実習っていうのは看護研究で発表しようとしていた症例だったので私はすごく覚えているんですけど、日本にずいぶん長く住んでいるのに日本語をまったく覚えようとしない外国人の患者さんを受け持ったんですよ。
その患者さんとは言葉ではコミュニケーションが図れないので、画用紙に絵を描いたりして、どうにかコミュニケーションをとることができないかって自分なりに考えて毎日頑張っていたんです。
そこで私は上坂先生に「患者さんにもう来るなと言われてしまって、どうしたらいいでしょうか」と、相談したんですが、そのとき上坂先生が「全然日本語を覚える気のなかった患者さんが、美奈さんに気持ちを伝えるために必死になって日本語を勉強したのだから、逆によかったじゃない!」って、ケラケラ笑いながらおっしゃったんですよ。
青ざめている私に笑いながらですよ!でも、それで気持ちが本当に軽くなったんですよね。
結果、そのときは患者さんに迷惑をかけてしまったのかもしれないけど、その患者さんだってこれから日本で暮らしていくためには日本語を多少は覚えないと生活も難しいでしょうから、今後のことを考えるとやっぱりよい行動をとったともいえますよね。
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◆人を認められる力
これは“リフレーミング”というテクニックで、本人の枠組みとは違う視点でものごとを考えることで意図的に思考をポジティブなものにしていく話の聞き方です。このケースでは“患者に来るなと言われた”という否定的な見方から、“日本語を覚えることができた”という肯定的な見方でものごとをとらえることで、私は自分を認めてあげることができたというわけです。これはまさに上坂先生の学生への愛情の深さであり、『教師力』の高さなのだと思います。どんな状況であっても“学生のこんな部分はすばらしいじゃないか”と、自分の揺るがない信念で学生の行動を肯定できる。
そんな『教師力』があるかどうかが、教員の資質があるかどうかを考えるうえで大切なのだと思います。
私はどんなに苦しい状況であっても、自分を信じて引き上げてくれるような恩師が高校時代にも看護学校時代にもいたことが本当に大きかったです。
自分がうれしいと感じたことは、人にもしてあげたいと思うものです。
それにしても、上坂先生は当時から学生をよく褒めてくださいましたよね。
私自身、看護や教育の一番のおもしろさは、日々変化していく状況のなかで自由にものごとを工夫して考えられることだと思っていますから。
そんな上坂先生には“自発的にものごとを考える大切さ”を教えてくれた先輩や恩師が身の回りに多くいらっしゃったんですか。
私みたいに影響を受けた恩師がいて、その立ち振る舞いや行動をモデルにするのもひとつですが、上坂先生のように“教師とはこうあるべき”というモデルがいないからこそ、従来の枠にとらわれない自由な発想ができる『上坂ワールド』ができたのかもしれませんね。
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自由な発想を育む教育が足りない時代の専任教員育成
学校から“理想の教員像”を示してもらい、そのためには年次ごとに何ができればいいといった指導を求めている方が多いような気がします。
思いもよらない反応が学生から返ってくることもあって、それもまたすごく楽しくて……。
もし、今現在教員をしている方で“自分は教員に向いていないかもしれない”と思っている方がいたら、授業や授業の準備、学生とのかかわりなど、何でもいいのですが何か一つでも心からおもしろいと思える業務があって、そのことについては工夫を重ねることが苦にならないというのであれば、その人は教員に向いていると思います。
ぜひとも自信をもっていただきたいです。
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◆“自由にどうぞ”は若い世代を苦しめる
これは、前回の川合先生とのお話ともとてもつながってくるのですが、日本は自発性を育てる教育をせずに、「ああしろ、こうしろ」という教え方をずっとしてきていますよね。だから、「ディスカッションをしなさい」と学生に課題を出しても「議題のタイトルはどうしますか」「だれが司会をするんですか」というような待ちの姿勢でしか考えることができない。川合先生のお話によると、オランダでは幼い時期から道徳の授業などでディスカッションをさせるそうで、ファシリテーションなどを経験することで、自分たちで考える力、問題を解決する姿勢などを身に付けるそうです。
そして、自発的に考える素地を養うことによって、自主的に勉強に興味をもつことにもつながっていくのだそうです。
日本でもゆとり教育の時代に“総合的な学習の時間”という時間を設けて自発的に学ぶ力をつけさせようとしましたが、あまりうまくいきませんでした。
自発的にものごとを考える素地があまりないところに自由時間をもたされても、やっぱり上手に使えないのでしょうね。
そのような教育を受けてくると、看護学校にもそういうシステムがあるのが普通だと思っている方が多いんですね。
なので、看護学校にもこれからはガチガチではなくてもいいので、ある一定の教育システムっていうものを整備していく必要はあるのでしょうね。
◆新任教員に研修計画を運用してみて
元々は当校のグループ病院との連携をこれまで以上に重視していきたいという考えから、グループ病院から実習指導教員として1年間当校に来ていただいています。実習指導教員のための研修計画を昨年から整備していました。さらに新任専任教員にまで研修計画を拡大して運用をしています。
新任教員の方の研修を1年間しっかりと充実させることで看護教育のおもしろさを伝えることができればいいなと思っていたのですが、教員が抱えている仕事量と責任の大きさを目の当たりにしたことで自信を喪失してしまう場面も見受けられました。
ですので、どれだけの能力を1年目の教員に求めるのかという部分について、今後は検討をしていきたいと考えています。
1コマ授業を行うために準備にすごく時間がかかる。
それで評価が悪かったら立ち直れないと考えてしまうみたいです。
でも、私も研修などで授業で悩んでいる教員の方々の指導案を拝見することがあるんですが、たいていの方の指導案の中身はすごくおもしろいんです。
でも、“伝える力”が足りなかったばかりに低評価になってしまっていることが多いようです。
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◆“伝える力”を高めるテクニック
あとは教え方の問題ですよね。
授業の骨子がしっかりしていても、この部分では“間をおいてしゃべる”だとか、“学生の心に内容を響かせるためのテクニック”がないと魅力が半減してしまいます。
私は自分の授業は必ず録画して見て自主研究しています。これはコーチングのプログラムにもあるんです。
そうすると、次に教壇に立ったときに“あ! ここで一拍置くんだった”っていう具合に自分自身と内的な会話ができるようになってくるんです。
寝ている学生がいたら自分の授業がおもしろくないんだと、伝わっていないんだと素直に思わなくてはいけないと思います。
“昼食後すぐの授業はやっぱりダメだ”などと自分を擁護しているようではいけませんよね。昼食をとった直後だろうがなんだろうが、おもしろい授業であれば学生は起きています。学生の反応が悪ければPDCAをその場で回して対応策を考えなくてはと思うことが大切だと思います。授業の動画を撮影していれば、学生が興味をもってくれているのかあとから見られるし一目瞭然ですよね。
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◆反応の薄い学生たちへの対応
でも、授業をしていて最近とても思うんですが、学生の反応がとても薄いんですね。
でも、決して話を聞いていないわけでもないし、むしろよく聞いていて、授業の振り返りを提出してもらうと、びっちりと感想が書いてあるんですよ。
だから、一概に反応がないからといっても興味がないわけではないんだということがよくわかるんですけど、新人の先生にとっては授業を行って学生の反応が薄かったら不安を感じてしまうのは無理もないことだと思います。
専門職業人としてやっていけるだけの人格を身に付けさせることも目標にしているので、私は自分の授業ではコミュニケーションを徹底的にとってもらいます。
私は学生には「いくら看護技術が高くても、私は患者さんに対して何の会話もせずに急に駆血帯を腕にしばって、ブスッと注射を刺すような人を看護師とは認めません。
そんな態度をとってしまうような学生には単位はあげません」って宣言しますし、実際にできない学生は躊躇なく落とします。
そういった自分の信念に基づいた枠組みをしっかりとつくったうえで授業ができればいいですよね。
それにはまずは自分の“看護師にはコミュニケーション能力が高くなければならない”という考えを肯定できていることが必要ですが。
一生懸命になることがカッコ悪い、恥ずかしいといった考えが特に若い子にはあるんですよね。
だから、反応はしないけど目をキラキラと輝かせて講義を聴いている学生が、素直に反応してくれるためには何が必要なのだろうということも考えて接していくことも大切だと思います。
手を挙げるのはハードルが高いけど、瞬きならできるという学生もいるので「今の話に共感した学生はパチパチと瞬きを多くしてみて」なんて声をかけて、反応させたりしています。
コミュニケーションをとることが慣習化されればいいのだから、みんなが奥山さんみたいに徹底的になればいいのでしょうが、教員評価などもありますし、実際はかなり難しいでしょうね。
でも、自分の教育に信念があって実際に精一杯頑張っているのであれば、必要以上に学生の評価やほかの教員の評価を気にすることもないと思いますよ。そこでも自分の行動を肯定できる力量が試されるのかもしれません。
***
今回、上坂先生と改めてお話をして感じたことは自分自身を肯定できる方の懐の深さと、多様性を認めることのできる包容力の豊かさでした。時代の変化に柔軟に対応し、看護教員のためのラダー作りにも尽力されているところなどは、まさに“自由に考えることが好きだ”とおっしゃる上坂先生ご自身の“枠にとらわれることのない姿”を端的に表していらっしゃると感じました。
今後、看護教員には“もっと教育は自分自身が楽しんでいいものなんだ”ということを伝えていく必要があると、上坂先生のお話から強く思いました。
後編では、教育のおもしろさについてさらに上坂先生におうかがいしていきたいと思います。
(後編に続く)
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