信頼を得る話し方・聞き方テクニック「ペーシング」

相手に信頼されるための「ペーシング力」を身につけよう

われわれ医療者は「ペーシング」と聞くと、ペースメーカーのことを思い浮かべますが、ここでいう「ペー シング」とはコミュニケーション技法のことを指します。「ペーシング」とは、強力な「コミュニケーション・ ツール」の1つです。相手の話し方や口調に合わせるといった「簡単で初期的な段階」から、相手の意見や物の見方を否定せずに尊重しながらかかわり、さらに信頼関係を深めるといった「奥深い段階」とがあり、入り口は簡単ですが、じつはとっても奥深いのが「ペーシング」。ここでは、その技法を段階的にわかりやすくお伝えします。

簡単で初期的な段階:
相手の話し方や話の聴き方を「ペーシング」

私はコーチングができる人を育てるために「コーチ 認定」というトレーニングをやっています。トレーニングのなかで最初に身に付けてもらうテクニックが、 これからお伝えする初期段階の「ペーシング」です。
「ペーシング」とは、相手の「話し方」や「聴き方」のモノマネのことです。「話し方」とは、話すスピード、声のトーン、間合い(呼吸)や相づちの言葉などの「音声表現」と呼ばれるものと、手振りやジェスチャー、うなずくスピードやタイミング、表情や服装、身だしなみに姿勢や態度といった「身体言語」とに分けられます (図)。初期段階の「ペーシング」とは、相手が話すとき の「音声表現」と「身体言語」の特徴に、こちら側がそれらを合わせることをいいます。これらをピッタリと合わせることができたら、相手は自分の話す姿が鏡に映っているかのように感じて安心します(ピッタリと合わせることを「マッチング・ミラーリング」と表現することもあります、表)。
また、人の話の「聴き方」にも特徴があります。相手の目をずっと見ながら話を聴く人もいれば、目を合わさずに聴く人もいます。うっとうしいほどうなずいて聴く人もいれば、逆にあまりうなずかない人もいます。 また、話の内容に納得できないと、首をかしげながら話を聴くような人もいます。話し方と同様に、これら相手の話の「聴き方」の特徴にも合わせるようにするのが初期段階の「ペーシング」です。 「自分に似ている人」と「自分に似ていない人」、どちらに親近感を覚えるかというと、やっぱり「自分に似ている人」ではないでしょうか。「ペーシング」をする ことで、相手は自分とペースが合う(俗にいう、ウマ が合う)と感じ、こちら側に親近感をもつようになって、心を開きやすくなります。つまり「ペーシング」をすることは、相手と信頼関係を結ぶ第一歩になり得るのです。

看護師は「話す・聴くペースが早くなりがち」と自覚して

日勤帯、ギリギリで入院してきた患者さんに、次から次へと質問を投げかける看護師。すぐに想像できますね。「だって日勤帯でできる限り受け入れをやっておいてあげないと、夜勤帯の業務は回らないし、患者さんのためにも最低限の検査は出しておかなきゃ結果が遅くなるし……」と、心やさしい看護師はこんなふうに考えます。じつはこんなときに、われわれの話す ペースや聴くペースは超ハイスピードになってしまいます。「相手に合わせるのが大事」だと頭ではわかっていても、業務に追われるとついついこの「ペーシング」 を忘れてしまうのです。
なので、入院パンフレットを渡して「ここまで読んでおいてくださいますか。15分後、また説明にまいります。質問がありましたら、そのときに何でも聞いてくださいね」とか、「提出書類の記入箇所には付箋を貼っておきました。記入終わりましたら、お手数ですが、提出をお願いします」などと工夫をし、事務処理能力をアップさせて、対面のコミュニケーションではできるだけ相手に「ペーシング」ができる余裕をつくり出しましょう。たとえ十分な時間を使って患者さんの話を聴くこと ができなくても、ほんの10秒でも患者さんと話すときは「目線を同じ高さにする」。つまり、立ったままでなく「座る」をモットーにしましょう。忙しい看護師は立っていて、患者さんはベッドに横になっているか座っている……。この構図はわれわれがいかにコミュニケーションに気をつけていても、物理的に「上から見下ろしている」というふうになるので威圧的です。 「目線を同じ高さにする」これも大事な「ペーシング」のスキルなのです。

看護師には「うなづく回数が多くて、しかもタイミングが早い人」が多い

こうした人に悪気はありません。むしろ患者さん思いのいい看護師がこうなることが多いです。みなさんのまわりにもたくさんいるのではないでしょうか。聴く側のうなずきが多くタイミングが早いと、「この人は忙しそうだ。早く話さないといけない」と、相手を焦らせてしまいます。では、どうしてう なずくのが多くなったり、タイミングが早くなったりするのでしょうか。
それは、「私は、あなたの話をすごくよく聴いていますよ!」 と、伝えたい気持ちが強すぎるからです。では、どうしたらいいのでしょうか。じつはこれ、簡単です。相づちの言葉を多くしたり、語彙(ごい)を増やしたりするだけで直ります。今は、うなずくことで視覚的に「あなたのお話、一生懸命聞いていますよ!」と伝えるというコミュニケーションに偏っている状態です。
そこで「なるほど、◯〇な気持ちなのですね」「それは切ないですね。もう少し、詳しく教えてもらえますか」というふうに、今度は言葉で「あなたのお話、しっかり聴いていますよ!」 ということを伝えるようにします(視覚だけでなく、 こちらと相手側の聴覚も使う)。すると、それに伴いうなずく回数が減り、タイミングもゆっくりになってきます。自分もこの特徴があるかもしれないと思われる人はぜひ、明日から試してみてください。とっても 効果がありますよ。

「奥深い段階」の「言語ペーシング」は究極のコミュニケーション技法

これはある病院の看護師さんが私宛にくれた質問の内容です。「小脳梗塞で緊急入院となったMさんは、 麻痺はないものの歩行時のふらつきがあり、しばらくはベッド上安静が必要となりました。しかし、元警察官でもあったMさんは『自分のことは自分でしなければならない。人様に迷惑をかけるべきじゃない』という強い信念をもっている気丈なかたで、身のまわりの ことを全部自分でしなければ気が済まず、ベッド上安静がどうしても守れません。どうしたら看護師にサポートを求め、安静を守ることができるようになるでしょうか」。
こんな状態の患者さんには「奥深い段階」の「言語ペーシング」の活用をおすすめします。

「言語ペーシング」で相手の信念にアプローチし、行動変容させる

「〜しなければならない」「〜すべき」「〜すべきでな い」という強い信念をもった患者さんは責任感が強く、 生真面目なかたがほとんどです。こういう考えを強くもったかたに「人のサポートを受けましょう」と言ってもあまり効果がありません。私も看護師だったころ、 こうしたかたに「無理して再梗塞を起こすより、サポートを受けましょう」と説得しようとしたら、「下の世話を他人に頼むくらいなら死んだほうがましだ」と怒鳴られたことがありました。  こんなときは、逆にこの信念の言葉に「ペーシング」する(信念の言葉を使う)とうまくいきます。先ほどの場面で私を怒鳴った患者さんは会社の経営者で、「自分のことは自分でしなければならない」という考えがとても強い方でした。私は、たかだか1週間の安静を守らないことで再梗塞の可能性は格段に高まること、 サポートを受けないことで今度は一生「人様の力を借りて生活しなければならない」かもしれないこと、「介護という負担を家族に負わせるべきではないのではないか」と話してみました。
すると患者さんは、「〜しなければならない」「〜す べきじゃない」という言葉にすごく反応し、それ以降は看護師にサポートを求めるようになりました。意図的に「〜しなければならない」という言語を使う(言語ペーシングする)ことで、患者さんの信念にアプローチし、行動変容を促すことができた(これを「ペース& リード」ともいいます)のです。強い信念をもつ方は、その信念に縛られています。  なので、逆にその信念の言葉によって行動を変える ことも多いのです。行動は偶然にとるものではなく、 その人の考えがとらせるもの。「サポートを受ける、受けない」という「行動レベル」で説得するより、信念 (考え)にアクセスすることで行動変容につなげること もできる、ということを頭の片隅に残しておいてください。

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