就職後すぐにヘルニアで2か月休職。復帰後「3日で辞めたZ世代看護師」

弊社の人材紹介における登録条件とその背景

弊社がある病院に紹介した看護師が、採用後すぐに頸椎ヘルニアになったとのことで2か月休職し、復帰後3日で辞めたということがありました。「辞めない人を紹介する」を理念に掲げる弊社としては、非常に不本意(否、大迷惑)で「二度とこうした看護師が弊社に登録しないようにするにはどうしたらいいのか」を必死に社内で検討しました。結論としては、

  1. 転職の回数は3回以下
  2. 転職理由や休職理由が自責で語られること
  3. なぜ大手紹介会社でなく弊社で求職活動をしたいのかが明確に言える
  4. 明るく前向きで接遇がよい

この4つが弊社に登録し、求職活動ができる人の条件としました。

もともと私の会社は教育支援がメインの事業で、紹介業での収益はあてにしていません。なので強気な条件が出せるのかもしれませんが、元々看護科のある県立高校で教諭をやっていた私は、転職サイトを転がして自分の就職先を決めるということに反対です。そういう風潮を止めたいとも思っています。その一方で「求められた以上の仕事ができる人」には、飛び級のようなチャンスも与えてあげたいと思っているので、人材紹介も事業化することにしました。基本的に弊社で行っているのは、「私のコーチ認定を受けた看護師を幹部候補で紹介する」というものと、「弊社で行っている初任者研修を修了した介護士」の人材紹介です。

私は本業でよく看護師向けの講演や介護員の養成をやっているので、参加者から「どこかいい病院や介護施設ないですか?」と聞かれ、弊社に登録したいとなります。これまでは3日で辞めるなどという人はおらず、紹介先にも「リソースフルさんから紹介してもらった人は評判がよくて辞めない。だからまた、よろしくお願いします。」と、喜ばれてこちらもやりがいを感じていました。そんなとき、コロナ禍の真っ最中にこの「3日で辞めた看護師」が登場し、求職登録の条件を厳しくしなければとなったのでした。

もらった恩を仇で返す 休職復帰後3日で辞めたZ世代看護師

世代のせいにしたくはないのですが、情報化が進みジェネレーションギャップが甚だしい世の中となりました。ひところ前の「情報化社会」とはまた違う意味あいになってきたのを肌で感じる今日この頃。この復帰後3日で辞めた看護師は就職してすぐに「頸椎ヘルニア」で1か月の休職が必要という診断書を事務長に提出してきました。紹介先のクリニックの院長は優しい方で、「転職してすぐ病気になったのでは暮らしていけないでしょう」と、異例の休職扱いにしてくださいました。オープンしたてのクリニックで看護師は初の採用だったこともあり、融通をきかせてくださったのです。休職中、傷病手当金をもらう都合上、お給料は支払えませんが社会保険料は発生します。この看護師の年収から病院負担は5万円ほどで本人負担も5万円。通院で大変でしょうからと、この本人負担分もクリニックで貸し付け、復帰後の返済でよしという配慮をしてくださいました。素晴らしい院長です。

調整していた私も「通常1週間しか勤めてないときに病気をして長期に休むというと普通は退職になります。休職中、お給料は発生しませんが、院長は5万円ほどあなたの保険料を支払うというコストがかかります。社会保険をかけないと傷病手当金はもらえないからです。なので通常は数年クリニックで働いてくれた人に休職という配慮をします。院長はコストをかけてもあなたがよくなるのを待ってくれるとのことで、よかったですね。あなたの社会保険料の5万円/月の支払分は立て替えてくださるので、よくなってからの返済でよいそうです。早くよくなって恩返しをしないとですね!」と話していました。すると「はい!早くよくなるように頑張ります。休職中は仕事を覚えるためにも家で勉強します。」と、本人も涙を浮かべて感謝の気持ちを院長、事務長にも伝えていました。

「頸椎ヘルニアの方は保存療法で頸部には負担をかけないようにしてほしいが、筋力が低下しないように歩くなどはするように」と言われたとのことで、休職中も時折り「リハビリ」と称してクリニックを訪れ、院内にある書籍を借りていくなどしていたと言います。休職中に入職した受付スタッフの歓迎会が行われることを知ったこの看護師は「復帰後、すぐに仲良くなれるように自分もでたい」と申し出て参加もしたそうで(もちろん会費は院長持ち)病気はしたけどなかなかモチベーションの高い人でよかったな、と私は思っていました。事務長にもまめに「休職していても仕事を覚えられるように、業務マニュアルを作る準備を始めてもいいでしょうか」や「クリニックのPRのためにSNSをやったらどうでしょうか。調べてもいいですか」などLINEで連絡がきていたと言います。「無理はしないでいいからね」とは言いつつもその自発性に触発され「じゃ、ぜひお願いします!」とLINEを返信していたといいます。その後もちょくちょく「自分の顔を忘れられないように」と言いながら、クリニックに顔を出していたと言います。院長も事務長も「若いのにずいぶんとしっかりしている子だな、コストはかかるけど休職させてよかったな」と思っていたそうです。事態が急変するのはこの後です。

休職中に仕事を指示されたとLINEのスクリーンショットを労働局に持ち込んだ

2か月間の休職を経て、この看護師もいよいよ出勤し3日が経過しました。復帰した週の日曜日に、事務長あてに本人から「いろんなことを勉強しても全然仕事ができる気がしません。自分がいてもみんなに迷惑をかけるだけなのでもう辞めたい」と、パニック状態で電話があったというのです。その日、クリニックは休みでしたが、その看護師は自分の合い鍵で中に入り、電子カルテや医療機器の使い方を覚えようとしていたらしいのです。事務長は「焦らなくていいから、ゆっくり休んで。月曜にいろいろと話しましょう。」と言って電話を切ったそうですが、本人はその日、ロッカーの私物をすべて持ち帰っており、二度とクリニックに来ることはありませんでした。

事務長が話をしようとした月曜日には退職届と共に、今度は「頸椎ヘルニア」ではなく「適応障害で1か月の休養が必要」というメンタルクリニックの診断書が配達証明郵便でクリニックに送られてきました。このことで本人にLINEや電話で連絡をしても一切返事はありませんでした。クリニックで立て替えた本人の保険料の支払いに関しても、もちろん連絡はなかったそうです。院長も事務長も期待していただけにがっかりしていましたが、「病気で不安定になってしまったんだろう」と、受け止めてくださっていました。

その後、クリニック宛に労働局から、「休職中も仕事をさせられていた。その分の給料を支払ってほしい」と、本人が訴えているとのことで連絡があったと言うから驚きです。労働局の担当者に事務長とのLINEの切り取りの写メを見せ、「労働の指示があった」と言い張っているとのこと。また、休日や歓迎会にも呼び出されたとして、その時に打刻したタイムカードも持参してきているというのです。ちょくちょくクリニックに現れたのは「タイムカードを押すため」だったのです。

「休職していても仕事を覚えられるように、業務マニュアルを作る準備を始めてもいいでしょうか」や「クリニックのPRのためにSNSをやったらどうでしょうか。調べてもいいですか」など逐一、LINEで確認を取っていたのは「労働の指示があった」という証拠を残すためのものだったと知り、事務長はもとより、院長も受付のスタッフも、そして、こんな看護師を紹介してしまった私も愕然としました。「自分の顔を忘れられないように」「歓迎会に参加して受付のスタッフと仲良くなりたい」というのはすべて用意周到に準備されたこの前振りだった訳です。そして労働局の担当者に「休職中にも関わらず勤務を強要されたせいで適応障害になった」と、泣いて訴えているというのです。

幸い、事務長も院長も労働の指示はしていなかったため、この看護師の社会保険料の本人支払の立替分の損害で済みましたが、何度も労働局に呼び出され仕事を中断されられた損失と、本人の生活を守るために行った休職という配慮が仇となって返ってきたことに対する憤り、そして、虚無感が我々の心に残りました。弊社の顧問弁護士にもこの件は相談しましたが、ある意味一人での判断ではなく、この看護師を指導している者がいるのだろう。悪質極まりないという見解でした。

退職代行会社の存在とZ世代の情報収集力

退職代行会社の存在やネットの情報。今の時代はどんなことでもクリックひとつで検索できるようになりました。ためしに「退職 上司 会いたくない」と検索してみると、退職代行会社が書いているブログ記事や「上司に会わずに辞める方法」、退職代行コンサルタントのYouTube動画がたくさんヒットします。Z世代は小学生のころからこうした情報化社会の中で生きている人々で、よくない知恵もたくさんもっている侮れない存在なのです。

私の娘もZ世代ですが、高校生の頃、些細なことで喧嘩になり、彼女が家出をしたことがありました。(警察署に捜索願いも出しました)普段、まったく礼儀正しい娘ではないのに、「距離をおきたいので家をでます。これまでありがとうございました。」という書置きが残されてあり、おかしいなと思いパソコンで検索履歴を見てみると「家出 捜索 されない方法」としっかりと(こんなところだけしっかりしている)検索していました。後日、「ここにいるから安心してください」と送られてきた住所はまったくのデタラメでした。(こんなところに知恵がついている)家出で捜索されない方法なんて高校生がひとりで考え付くようなことではありません。自社の宣伝のためかブログの広告料欲しさかでアップされた記事があふれる社会。あらためて情報化社会の怖さを知った瞬間でした。Z世代、恐るべし。

逃避という防衛機制と、人として大切なこと

少々わき道にそれました。3日で退職した看護師の話題に戻ります。するにしてもそれまでお世話になり、お給料を頂いた方々にあいさつもせず配達証明(こんなところには知恵がついている)で、退職届と「適応障害にて1か月の休職を要する」という診断書を一方的に送り付けて辞める。本人はしてやったりかもしれませんが、防衛機制的には単なる「逃避」です。大人としてしっかりと物事のけじめもつけられず、ストレスがどうのと逃げるだけでは人は成長しません。いつしかこの看護師に子どもが生まれたとしても、いろんなことから「逃げる親」を見て育つことになります。「子は親の後ろ姿を見て育つもの」。将来、子どもが嫌なことから「逃避する」姿を見て、自分自身の逃避グセを反省しても、もう後の祭りです。

私が高校教師だったころ、担当しているクラスの女子学生の自転車が盗難にあったことがありました。その自転車に他校の男子学生が乗っているところを見つけ、問いただすと「この自転車は自分のものだ」と言ってきかないというので、警察に行きいろいろと事情を調べてもらっていると、その自転車はそもそもその男子学生のものであったことが分かりました。盗難に合ったと思っていた女子学生の父親が、じつはその自転車を盗んで彼女に知人から譲り受けたと嘘をついていたのです。私も学校側も、そのことに関しては一切話しませんでしたが、男子学生の通っている学校から流れてきた噂でその女子学生の耳にもその事実が届いたようでした。このことがあってから女子学生は不登校になってしまい、看護師にはならずに学校を卒業していきました。やはり悪いことはできないものです。

人間が生きていく限り、ストレスと無縁ではいられません。生きていくということは危険を伴うことです。釈迦が説いたように生老病死は四苦(4つの苦しみ)なのですから。ストレス耐性が低い子どもはどんなに親が守ったとしても、結局は壁にぶち当たります。そして、壁にぶつかって困るのは、正直なところ親の方だと私は見てきました。不登校にリストカットに適応障害。どれもストレス状態からの一時的な逃避です。壁にぶち当たってもなんとかのり越えられる。逃避以外のストレスコーピング法を身に着けて生き抜く。親としてはこんなふうにしてあげるのが「生きる力をはぐぐむ」ということです。それを教えるのは親であり、社会であったわけですが、なぜか日本の労働局は労働者に甘く、経営者に冷たいので、就職先は教育という面では、まったく機能しなくなりました。労働局は、一方的に労働者の言い分を聞くだけで「就職して一週間しか働いていないのに休職をさせてもらったことは感謝しなければいけないですよ。」などと決して教え諭してはくれません。逆に労働局の担当者から「辛いようなら職場にいかずに退職届を送ればいい」とアドバイスされたという求職者もいました。適応障害やパニック障害等に対して医学的な知見もない労働局の人々が(個人的に勉強している人はいるのでしょうが)、逃避まがいの対処を推奨するなど、本来あってはならないことです。また、本当の意味でその人物のためになりません。

こんな詐欺まがいのことがまかり通ればこの看護師は落ち詰められたとき、また同じことを繰り返すでしょう。そして転職だらけで真っ黒な履歴書が出来上がります。毎年、5・6月になると、それこそ病院は適応障害の新人でいっぱいです。ただでさえ労働力人口が減少している日本で、若者の休職者が増えているこの現状を労働局や国はどうしようとしているのでしょうか。うつやパニック障害、適応障害の急性期の防衛機制による「逃避」は仕方のない面もありますが、落ち着いたらお世話になった職場に「あの時は突然の退職でご迷惑をおかけしました」くらいはあいさつをして去っていくのが社会人の礼儀ではないかと思います。良くも悪くも時代は変わっていくものですが、私は人として「受けた恩は返す」というような、そんな人間でありたいと思いますし、まだまだ日本もそうであってほしいと願います。皆さんはいかがでしょうか。

休職後3日で辞める看護師を「採らないためにしたいこと」 履歴書は物語る

この事例でご紹介した「3日で辞めた上に労働局に駆けこんだ看護師」の履歴書で気になる箇所が今思えば2か所ほどありました。まずは看護学校を1年留年しているところ。次に、一か所目の病院を退職した理由が「主任看護師からハラスメントを受け体調を崩したため」ということろでした。この看護師は一か所目の病院を退職したあと、内科のクリニックで2年ほど勤務ができていたので、本当にハラスメントを受けたのだろうと思っていました。しかし、今になって思えば真実は違ったのかもしれません。看護学校の留年に関しては、仕送りなしで学費は自分で支払うことを条件に、関東の学校に進学したが思うほどアルバイトができず、学費が払えずに1年留年したと言っていました。しかし考えてみれば、看護学校は2,3年生になると実習と学習が大変になり、アルバイトどころでなくなります。1年間留年して貯金をしたとしても2,3年次にかかる学費までまかなうことは難しいわけで、この話もウソだったのかもしれません。基本的に性善説に立つ私としては、人を疑ってかからないのですが、それは人を良く見ようという肯定的なバイアスになっているのかもしれません。院長や事務長にご迷惑をかけたこの件から私は、人材紹介をするプロとして性善説と性悪説のどちら側にも立って相手をみるように変わらなくてはと猛反省をしました。今はこの反省をもとに求職者の登録面談、および、採用面接に同席するときは次のような質問をするようにしています。

採用面接で活用してほしい「おススメの質問」

身体的な疾患でも精神的な疾患でも、学校を休学や留年したことがある、または、休職したことがある求職者に対しての質問(もちろん最初に休学、休職に至ったことに関しては大変でしたね、と労をねぎらう声をかけてから)

質問1:過去を整理する問いかけ

「今思えばその時に、自分で工夫すればよかったなぁ、と思うことはどんなことですか?」

1の質問は過去を整理するためのものです。例えば頸椎ヘルニアで休職したことがあるならば、「姿勢が悪いと注意されることがあったのに直そうとしていなかった」「ストレッチをするように言われていたのにあまりしなかった」「痛みを感じたとき、すぐに病院にいかなかった」などと回答が返ってきます。この回答は過去から学んでいるということを示す証拠です。そして、悲劇のヒロインになったり、投げやりになったりせずに、身体的な健康障害であっても予防行動をとるなどはできる。つまり、「自分の力がおよぶ範囲で努力や工夫をすることが大切だ」という教訓を頸椎ヘルニアということから得ている可能性もあります。

この質問に答えられなかったり、「親も同じ病気になったので、、、」などと答えたりする人は、物事を「外的な要因」に起因して捉えがちです。後ほどご紹介する「外罰」でストレス状況を乗り切る(ストレスに対する防衛機制の「外罰的機制」)傾向があるかもしれません。ストレスフルな状況が「自分以外の物や事」のせいで起こっているとするのが「外罰的防衛機制」で、一言でいえば「他責」です。物事を「自分ではどうすることもできない」と捉えてしまえば「何もしなくていい」わけですから悲劇のヒロインになったり、投げやりになったりします。この質問は、健康障害という「アンラッキーなことをどう捉えリソースにしてきたかを引き出すもの」で、その人物の性格傾向をつかむことができるよい質問です。ぜひ、ご活用ください。

質問2:未来に向けた問いかけ

「今後、休職をしないために、自分ができることはどんなことですか?」

2の質問は未来に向けたものです。この質問にも自責で物事を考えられる人は「今後はこうする、ああする」ということがサクサクと返ってきます。他責(外罰的)で考える人は回答が返ってこないか、ものすごく答えるのに時間がかかります。また、ストレス性疾患での休職の場合は、とくにこの質問への回答は重要です。適応障害やパニック障害で休職をと言われたスタッフが抗不安薬と睡眠導入剤を飲んで2か月休んでも、またすぐに休職になる。教育支援の現場でそういう場面をたくさん見てきました。

もちろん、ストレッサーが原因の場合は配置換えや休みが有効なこともあります。しかし、それ以外の場合はその人の認知(物事の捉え方)の仕方を合理的なものに変えたり、これまでと違ったコーピング行動を生活に取り入れ、ストレスとうまく付き合っていくことができるようにならなければ根本的に解決はしません。リワークプログラムへの参加とまではいかなくても、休職中には認知行動療法やアサーティブネストレーニングなどを受けたり、書籍を読んだりして、内省することはできたか。筋弛緩法などのリラクゼーション方法の獲得や音楽や芸術、スポーツや日記(認知行動療法では合理的な思考を獲得するために日記を書くなどを勧める)を書くなどのコーピング行動が習慣化できたかどうか。これらを確認することが重要だと思います。また、これらが身についたのであればストレス性の疾患は自ずと軽快に向かいます。休職中はただ薬を飲んで休んでいてもよくならない。休職していたスタッフの面談を通して、私はこのことを実感しています。

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