信頼されるための「ペーシング力」を身につけよう!

患者と家族にじょうずに向き合うための方法
信頼を得る話し方・聞き方のテクニック「ペーシング」

照林社「エキスパートナース」7月号

照林社「エキスパートナース」7月号

患者・家族ともっと上手に関わる方法
相手に信頼されるための「ペーシング力」を身につけよう!
我々医療者は「ペーシング」と聞くと、ペースメーカーのことを思い浮かべますが、ここで言う「ペーシング」とはコミュニケーション技法のことを意味します。
「ペーシング」とは、強力な「コミュニケーション・ツール」の1つです。相手の話し方や口調に合わせるといった「簡単で初期的な段階」から、相手の意見や物の見方を否定せずに尊重しながら関わり、さらに信頼関係を深めるといった「奥深い段階」とがあり、入り口は簡単ですが、じつはとっても奥深いのが「ペーシング」。ここではその技法を段階的にわかりやすくお伝えします。

 

「ペーシング」の簡単な初期的な段階
相手の「話し方」や「話の聴き方」に「ペーシング」する。

私はコーチングができる人を育てるために「コーチ認定」というトレーニングをやっています。トレーニングの中で最初に身につけてもらうテクニックが今からお伝えする初期段階の「ペーシング」です。ひと言で「ペーシング」を説明するとすれば、相手の「話し方」や「聴き方」の「モノマネ」です。「話し方」とは、話すスピード、声のトーン、間合い(呼吸)や「相づちの言葉」などの「音声表現」と呼ばれるものと、身振り手振りやゼスチャー、うなずくスピードやタイミング、表情や服装、身だしなみに姿勢や態度といった「身体言語」に分けられます。初期の「ペーシング」とは、相手が話すときの「音声表現」と「身体言語」の特徴に、こちら側のそれらを合わせることを言います。これらをピッタリと合わせることができたら、相手は自分の話す姿が鏡に映っているかのように感じ安心します。(ピッタリと合わせることを「ミラーリング」と表現したりもします。)
また、人の「話の聴き方」にも特徴があります。相手の目をずっと見ながら話を聴く人もいれば、目を合わさずに聴く人もいます。うっとおしいほどうなずいて聴く人もいれば、逆にあまりうなずかない人もいます。
また、話の内容に納得できないと、首をかしげながら話を聴くような人もいます。話し方の項目と同様に、これら相手の「話の聴き方」の特徴にも合わせるようにするのが初期段階の「ペーシング」です。「自分に似ている人」と「自分に似ていない人」どちらに親近感を覚えるかというと、やっぱり似ている人ではないでしょうか。「ペーシング」をすることで、相手は自分とペースが合う(俗に言う「ウマが合う」)こちら側に親近感を持ってくれるようになり、心を開くやすくなります。つまり「ペーシング」をすることは、相手と信頼関係を結ぶ第一歩になり得るのです。

医療者は「ペースが早くなりがち」と自覚しておこう

日勤帯、ギリギリで入院してきた患者さんへ次から次へと質問を投げかける看護師。すぐに想像できますね。だって日勤帯でできる限り受け入れをやっておいてあげないと夜勤帯の業務は回らないし、患者のためにも最低限の検査は出しておかなきゃ結果が遅くなるし・・・。と、心優しい医療者はこんなふうに考えますね。

じつはこんなとき、我々の話すペースや聴くペースは超ハイスピードになってしまいます。相手に合わせるのが大事だと頭ではわかっていても、業務に追われるとついつい「ペーシング」を忘れてしまうのです。なので、入院パンフレットを渡して「ここまで読んでおいてくださいますか。15分後、また説明にまいります。質問がありましたらその時何でも聞いてくださいね。」とか、「提出書類の記入箇所には付箋を貼っておきました。記入終わりましたらお手数ですが、提出をお願いします」などの工夫をして、事務処理能力をアップし、対面のコミュニケーションではできるだけ相手に「ペーシング」ができる余裕を作りだしましょう。
たとえ、十分な時間を使って患者さんの話を聴くことができなくても、ほんの10秒でも患者さんと話すときは「目線を同じ高さにする」つまり、立ってないで「座る」をモットーにしましょう。忙しい看護師は立っていて患者さんはベッドに横になっているか座っている。この構図は我々がいかにコミュニケーションに気をつけていても物理的に「上から見下ろしている」というふうになるので威圧的です。「目線を同じ高さにする」これも大事な「ペーシング」のスキルなのです。

看護師には「うなずく回数が多くて、しかもタイミングが早い人」が多い 

こうした人に悪気はありません。むしろ患者さん思いのいい看護師さんがこうなることが多いです。皆さんの周りにもたくさんいるのではないでしょうか。聴く側のうなずきが多くタイミングが早いと、「この人は忙しそうだ。早く話さないといけない」と、相手を焦らせてしまいます。では、どうしてうなずくのが多くなったりタイミングが早くなったりするのでしょうか。それは、「私は、あなたの話をすごくよく聞いてますよ!」と、伝えたい気持ちが強すぎるからです。では、どうしたらいいのでしょうか。
じつはこれ、簡単です。相づちの言葉を多くしたり、語彙を増やしたりするだけで直ります。今は、うなずくことで視覚的に「あなたのお話、一生懸命聞いてますよ!」と伝えるというコミュニケーションに偏っている状態です。
そこで「なるほど、◯△な気持ちなんですね」「それは切ないですね。もう少し、詳しく教えてもらえますか」というふうに、今度は言葉で「あなたのお話、しっかり聞いてますよ!」ということを伝えるようにします。(視覚だけでなくこちらと相手側の聴覚も使うようにするのです)すると、それに伴いうなずく回数が減り、タイミングもゆっくりになってきます。自分もこの特徴があるかもしれないと思われる人はぜひ、明日から試してみて下さい。とっても効果がありますよ。

奥深い段階の「言語ペーシング」という究極のコミュニケーション技法
「~すべき」「~ねばならない」という信念の言葉を意図的に使って相手の行動変容を促す

以下はある病院の看護師さんが私宛にくれた質問の内容です。

Q小脳梗塞で緊急入院となったMさんは、麻痺はないものの歩行時のふらつきがあり、しばらくはベッド上安静が必要となりました。
しかし、元警察官でもあったMさんは「自分のことは自分でしなければならない。人様に迷惑をかけるべきじゃない」という強い信念を持っている気丈な方で、身の回りのことを全部自分でしなければ気が済まず、ベッド上安静がどうしても守れません。
どうしたら看護師にサポートを求め、安静を守ることができるようになるでしょうか。

 

こんな状態の患者さんには奥深い段階の「言語ペーシング」の活用をオススメします。

「言語ペーシング」で相手の信念にアプローチし行動変容させる
「~しなければならない」「~すべき」「~すべきでない」という強い信念を持った患者さんは責任感が強く、生真面目な方がほとんどです。こういう考えを強くもった方に「人のサポートを受けましょう」と言ってもあまり効果がありません。私も看護師だった頃、こうした方に「無理して再梗塞を起こすより、サポートを受けましょう」と説得しようとしたら、「下の世話を他人に頼むくらいなら死んだほうがましだ」と怒鳴られたことがありました。

こんな時は、逆にこの信念の言葉に「ペーシング」する(信念の言葉を使う)と上手くいきます。上記のシーンで私を怒鳴った患者さんは会社の経営者で、「自分のことは自分でしなければならないという考えがとても強い方でした。私は、たかだか一週間の安静を守らないことで再梗塞の可能性は格段に高まること、サポートを受けないことで今度は一生人様の力を借りて生活しなければならないかもしれないこと、「介護という負担を家族に負わせるべきではないのではないかと、話してみました。
すると患者さんは、「~しなければならない」「~すべきじゃない」という言葉にすごく反応し、それ以降は看護師にサポートを求めるようになりました。

意図的に「~しなければならない」という言語を使う(言語ペーシングする)ことで、患者さんの信念にアプローチし、行動変容を促すことができた(これを「ペース&リード」ともいいます)のです。強い信念を持つ方は、その信念に縛られています。なので、逆にその信念の言葉によって行動を変えることも多いのです。行動は偶然に取るものではなく、その人の考えが取らせるもの。「サポートを受ける、受けない」という「行動レベル」で説得するより、信念(考え)にアクセスすることで行動変容につなげることもできる、ということを頭の片隅に残しておいてください。

 

関連記事一覧